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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)69号 判決 1993年11月30日

オーストラリア国

ニューサウスウェールズ チッペンデール バインストリート 16

原告

ウィルコム プラプライテリ リミテッド

同代表者

ウィリアム ビー ウィルソン

同訴訟代理人弁護士

尾﨑英男

同弁理士

相田伸二

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

吉村真治

中村友之

長澤正夫

主文

特許庁が平成2年審判第6229号事件について平成3年10月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1985年4月19日にオーストラリア国においてした特許出願による優先権を主張して、1986年4月18日、国際特許出願(PCT/AU86/00104)をし、昭和61年12月16日、名称を「ステッチプロセッサ」とする発明(そのうち、平成2年5月14日付手続補正書の特許請求の範囲1項に記載された発明を「本願第1発明」といい、同13項に記載された発明を「本願第2発明」という。)につき、特許庁に対し、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文を提出したが、平成元年12月4日、拒絶査定を受けたので、平成2年4月16日、審判を請求し、平成2年審判第6229号事件として審理され、平成3年10月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(出訴期間として90日附加)がされ、その謄本は、同年12月4日、原告に送達された。

2  本願第1発明の要旨

刺繍機のための修正された刺繍パターンを、ステッチプロセッサによって作り出す方法において、一定の連続ステッチの指令で、各指令は個々のステッチを形成するための個々のステッチの動きを定める指令と、刺繍パターンを構成する個々のステッチの連続を形成するための個々のステッチの動きを定義する連続指令とを含む刺繍パターンの連続ステッチ定義をテープデータフォーマットで入力読取り装置からステッチプロセッサへ送ること、前記ステッチプロセッサは刺繍パターンの全体を個々のステッチの連続部を分析し、ステッチ型、面積、ステッチ長、及び各連続部のステッチ間隔を判定すること、ステッチプロセッサに入力装置を介して、パターンによって表される図案における要求される変更を手動で入力すること、更に前記ステッチプロセッサは新しいステッチ指令を発生してパターンを変更し、各連続部のステッチ密度が定められた限度内であることを確実にすることの手段を含んでいることを特徴とする方法(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  昭和60年特許出願公開第60892号公報(以下「引用例」という。)には、刺しゅう模様データを記憶した記憶装置14と、中央演算処理装置CPU、RAM15、ROM16を含むマイクロコンピュータと、表示窓10、各種操作キー11を設けた入力装置9とを備えた縫製データ作成装置を使用し、

刺しゅう模様データとして、千鳥縫目による模様を形成するよう布に対する各縫目の方向と長さを各前の針落ち点を基準に相対座標値で表した千鳥縫目の各一線分を基本縫いデータとしたデータグループを、異なる模様毎に異なるアドレスに対応させて予め記憶装置14に記憶させ、

縫製データ作成にあたって、所望する刺しゅう模様、縫い模様の倍率(拡大・縮小)、糸密度を操作キーにより設定し、

マイクロコンピュータの作動により、操作キーの設定に応じて記憶装置14から所望する刺しゅう模様データをRAM15の基本データエリアに読込み、次に基本縫いデータの3個分を一処理単位としてRAM15の演算ワークエリアに移し、設定された倍率に応じて前記基本縫いデータを拡大(又は縮小)して各一線分の針落ち点0、1、2、3の座標位置を演算決定し、次に隣合う線分の針落ち点0-2、1-3の間隔を所定の糸密度又は操作キーで設定した糸密度に応じて分割し、その分割点の座標位置を変更された縫製データの針落ち点として演算決定し、得られた縫製データをRAM15の縫いデータエリアに格納すると共に、続いて同様の処理を一処理単位毎に繰返して行い、刺しゅう模様を所望の大きさに変更するとともに、所望の糸密度で縫製するたるめの縫製データ作成方法(別紙図面2参照)が記載されている。

(3)  本願第1発明と引用例記載の発明とを比較検討すると、刺しゅうパターンの縫製データの内容については表現の差異はあっても両者は同一の技術範囲に属するものであり、引用例記載の発明の方法において演算データエリアに移された一処理単位の基本縫いデータの針落ち点の座標位置は、ステッチの型、ステッチ長、各連続部のステッチ間隔を間接的に示すものということができるから、両者は、表現の差異はあっても、

刺繍機のための修正された刺繍パターンを、ステッチプロセッサによって作り出す方法において、一定の連続ステッチの指令で、各指令は個々のステッチを形成するための個々のステッチの動きを定める指令と、刺繍パターンを構成する個々のステッチの連続を形成するための個々のステッチの動きを定義する連続指令とを含む刺繍パターンの連続ステッチ定義をテープデータフォーマットで入力読取り装置からステッチプロセッサへ送ること、前記ステッチプロセッサは刺繍パターンの全体を個々のステッチの連続部を分析し、ステッチ型、ステッチ長、及び各連続部のステッチ間隔を判定すること、ステッチプロセッサに入力装置を介して、パターンによって表される図案における要求される変更を手動で入力すること、更に前記ステッチプロセッサは新しいステッチ指令を発生してパターンを変更し、各連続部のステッチ密度が定められた限度内であることを確実にすることの手段を含んでいることを特徴とする方法である点で実質的に一致しており、

本願第1発明では、ステッチプロセッサが刺繍パターンの面積を判定しているのに対して、引用例記載の発明では面積まで判定していない点で相違している。

そこで、前記相違点について検討すると、刺繍パターンの連続部の座標位置が与えられるとき、その面積を演算することは、当業者が容易に実施できることであり、面積を判定してもそのことによって格別の作用効果がもたらされるということもできないので、前記相違点は当業者が必要に応じて容易に実施し得るものである。

(4)  以上のとおりであるから、本願第1発明は、引用例記載の発明の技術事項に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、本願第2発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

審決の本願第1発明の要旨、引用例の記載内容、本願第1発明と引用例記載の発明との相違点の認定は認めるが、審決は、本願第1発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤り、もって本願第1発明の進歩性を誤って否定し、本願は拒絶すべきものと判断したもので、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1一一致点認定の誤り

審決は、本願第1発明と引用例記載の発明との一致点の認定において、両者は、「一定の連続ステッチの指令で、各指令は個々のステッチを形成するための個々のステッチの動きを定める指令と、刺繍パターンを構成する個々のステッチの連続を形成するための個々のステッチの動きを定義する連続指令とを含む刺繍パターンの連続ステッチ定義をテープデータフォーマットで入力装置からステッチプロセッサへ送る」点において一致する旨認定している。

しかし、引用例記載の発明は本願第1発明のようなステッチプロセッサ(コンピュータ)にとって未知のステッチ型のステッチ指令が記録されたテープデータフォーマットを用いるものではなく、したがって、また、これを入力装置からステッチプロセッサに送る構成は有していないものであるから、審決の前記一致点の認定は誤りである。

本願第1発明のテープデータフォーマットに記録されているステッチ指令によるステッチ型はコンピュータにとって未知のものであり、本願第1発明が要旨とするステッチ型の判定プロセスによって既知となるものである。甲第4号証の2にそのテープデータフォーマットの例が示されているが、これには各ステッチの変位量が(X、Y)座標表示で順次表記されているだけであり、それ自体にステッチ型を明示するデータは存在しない(甲第5号証)。

一方、引用例記載の発明は、RAMに蓄えられた「千鳥縫目による模様を形成する基本縫いデータグループ」を変更する方法であり、ステッチ型が千鳥縫目であることは、コンピュータが判定するまでもなく、予め決まっているものである。

したがって、引用例記載の発明においては、本願第1発明が用いるようなコンピュータにとって未知のステッチ型のステッチ指令が記録されたテープデータフォーマットを用いるものではなく、したがって、また、これを読み取り、入力する構成は存在しない。

したがって、審決の前記一致点の認定は誤りである。

(2)  取消事由2一一致点認定の誤り

審決は、また、本願第1発明と引用例記載の発明との一致点の認定において、両者は、「ステッチプロセッサは刺繍パターンの全体を個々のステッチの連続部を分析し、ステッチ型、ステッチ長、及び各連続部のステッチ間隔を判定する」点において一致する旨認定しているが、これも誤りである。

本願第1発明においては、予めステッチ型などの知られていない既存の、任意のテープデータフォーマットに記録された刺繍の図案の大きさを変更する場合に、ステッチ密度をそれに合うように変更するため、ステッチ型の判定を行うものである。

しかし、引用例記載の発明においては、ステッチ型は千鳥縫目のものと決まっているもので、コンピュータにとって既知のものであり、ステッチ型を判定することは必要ではなく、それを行ってはいない。

被告は、本願第1発明でいう「判定」は広い意味を有し、コンピュータの判読、判断の機能をいうものであるとし、また、テープデータフォーマットに記録されているステッチ型の判別情報を読み取ることも「ステッチ型の判定」である等、種々の解釈のもとに、引用例記載の発明においてもステッチ型の判定を行っている旨主張する。

しかし、本願第1発明における「ステッチ型の判定」は、その字義どおりテープデータフォーマットのデータがどのようなステッチ型に属するかを判断するものであり、何ら明確性を欠くものではなく、引用例記載の発明はいかなる意味でも、本願第1発明においていう「ステッチ型の判定」は行っていないものであり、被告の主張は失当である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  請求の原因4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  取消事由1について

テープデータフォーマットとは、穿孔テープに穿孔されたプログラム情報を意味するが、単にステッチの変位量即ちパターン情報だけでなく、ミシンの制御情報その他の情報も書き込まれるものである。

本願明細書において、本願第1発明のテープデータフォーマットにはステッチの変位量だけが記載されているものであることを表す記載はない。

そして、コンピュータにとっては、外部記憶手段の情報は全て未知のものである。記憶手段の情報がどのような情報に関するものかを示す信号をコンピュータに入力するか、記憶手段の情報を読み込ませて判読させなければ、コンピュータはそれを知り得ないものであり、コンピュータにとって既知のパターン情報というものは有り得ず、引用例記載の発明のマイクロコンピュータが、ステッチ型が千鳥縫目であることを知っているということはできないものである。

したがって、本願第1発明のテープデータフォーマットも引用例記載の発明の記憶装置14も、それに記録された情報の内容、性質に変わりはないものであり、原告の主張は理由がないものである。

(2)  取消事由2について

本願明細書には、ステッチ型の判定の具体的技術内容については何ら記載されていないが、特許請求の範囲1項の記載からすると、ステッチ型の判定は、ステッチプロセッサが演算処理により、算出し、判断することを意味しているともとれるので、ステッチ型の判定とは、広い意味でとらえられるべきであり、これは単にステッチ型についてのコンピュータの判読機能、判断機能をいうにすぎないものである。

したがって、ステッチ型の判定には、(a)コンピュータが読み込まれたパターン情報と記憶した判別情報とを比較して判読すること、(b)コンピュータがプログラムに書き込まれた判別情報を読んで判読すること、(c)コンピュータが読み込まれたパターン情報を判読して映像信号を作成し、画像表示することなどが含まれることは本件出願当時の技術常識から当業者にとっては容易に理解できるところである。その他にも、コンピュータが入力された情報に基づいて判別信号を出力するものであれば、コンピュータがステッチ型を判定しているといいうるのである。

このように、本願第1発明におけるステッチ型の判定とは、広範な内容を有するものである。

そして、引用例記載の発明においても、この装置は、マイクロコンピュータからのメッセージが表示される表示窓10を備えており、メッセージの一つとして選択された模様データの番号あるいは記号を表示するように構成されているものであることは、周知手段(乙第2号証ないし第6号証)からみて、当業者にとっては自明のことである。

また、千鳥縫目による刺繍としては、引用例記載の発明の実施例で記載された4つの針落ち点がジグザグ状に配置されたものばかりでなく、点線ジグザグあるいはジグザグ縫目と直線縫目が含まれたものがあることは当業者にとって自明のことである(乙第1号証121頁図Ⅲ-5)。

引用例記載の発明の演算方法からすると、直線縫目の場合、4つの針落ち点から、記載の方法にしたがって線分の長さ、分割比、糸密度補正を演算することができるが、針落ち点は、一直線上での折返し縫目を形成することになる。この折返し縫目は、糸密度補正ということからみれば、採用できないものであり、この場合、コンピュータが演算結果は採用できないことを示す信号を出力し、表示窓にメッセージを表示するようにしなければならないことは当業者にとって自明のことであり、引用例記載の発明においても、そのための構成を備えているとみるのが妥当である。

そのように演算結果が採用できないことを示す信号は、ジグザグ縫目と、それ以外の縫目とを判別する信号ということができ、一つの型だけであっても、ステッチの型を判定しているといえるのである。

以上のとおり、引用例記載の発明においてもステッチ型の判定を行っているものであるから、審決の前記一致点の認定に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願 第1発明の要旨)、3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

また、引用例に審決認定の記載事項があること及び本願第1発明と引用例記載の発明とに審決認定の相違点があることは、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願第1発明について

成立に争いのない甲第2号証の3(平成2年5月14日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願第1発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のように記載されていることを認めることができる。

(1)  本願第1発明は、自動刺繍機等を制御するための方法に関する。

刺繍機については、近年電子記憶装置が開発されているが、一般的に紙テープに穿孔されたプログラムによって制御されている。刺繍機を制御する紙テープのうち、いわゆるテープデータフォーマットは、1段階ごとの指令を含んでおり、機械は、例えば、4段階のX軸の動き及びマイナス2段階のY軸の動きのステッチ等を遂行する。

テープデータフォーマットは、通常では工程装置を駆動するために使用され、一般的に変更することはできない。しかし、これらのテーププログラムは、手動操作されてスケーリングの効果を設けることが可能となっており、与えられた図案の大きさは拡大されたり縮小されたりするが、このスケーリングはその効果において限られている。

図案は拡大又は縮小されても、図案のステッチの数は同じである。したがって、図案を拡大する場合、ステッチの密度が土台の生地を適切に覆いつくすためには十分ではなくなり、土台の生地がそこから見えてしまう領域を残すという不都合がある。また、図案を縮小する場合には、ステッチが束になる傾向があり、不満足な品質となる。

この問題は簡略テープデータフォーマットを用いることにより克服できるが、テープデータフォーマットに記憶された図案の実際のステッチ密度を予め変えることができる機械又は装置は従来存在しなかった。

本願第1発明は、前記の問題を解決するため、テープデータフォーマットプログラムのステッチ密度を変えるための方法を提供することを技術的課題(目的)とする(同手続補正書別紙1頁4行ないし3頁22行)。

(2)  本願第1発明は、前記の技術的課題を解決するために、その要旨とする構成(特許請求の範囲1項記載)を採用した(同手続補正書別紙13頁2行ないし17行)。

(3)  本願第1発明においては、ステッチプロセッサが、読取り機又はコンピュータシステムによって送られるデータを受信し、プログラムによって命じられたステッチの型とそれに伴う領域とを判読する。それから、要求された通りに図案を修正するめために必要な新しいステップを計算し、新しいステップを刺繍機のブロセッサに出力し、要求され修正された図案を生成するように機械を制御する。

ステッチプロセッサは更にステッチの長さの機能としてステッチの間隔を修正することができる。これはステッチが長ければ長いほどステッチは密集するので、ステッチのパターンの視覚による密度を維持することが望ましい。これは、ステッチプロセッサがステッチの型、パラメータの領域及び修正された図案のステッチの密度を決めているので、同時に達成させることができる。また、ステッチプロセッサは、ステッチパターンの不均整を見つけて修正された図案を変え、よりきちんとして図案を生成できるようになっており、特に古いプログラムでは、僅かな不均整はステッチのプログラムに残し、プログラム全体の図案を再び作るための出費を避けることができる(同手続補正書別紙10頁18行ないし11頁15行)。

2  取消事由1について

原告は、本願発明のテープデータフォーマットとは、それに記録されたステッチ指令のステッチ型がコンピュータにとって未知のものであり、また、ステッチ型を明示するデータは入力されていないものを意味しているのに対し、引用例記載の発明においては、そのようなテープデータフォーマットを用いるものではないとして、本願第1発明と引用例記載の発明とは「一定の連続ステッチの指令で、各指令は個々のステッチを形成するための個々のステッチの動きを定める指令と、刺繍パターンを構成する個々のステッチの連続を形成するための個々のステッチの動きを定義する連続指令とを含む刺繍パターンの連続ステッチ定義をテープデータフォーマットで入力装置からステッチプロセッサへ送る」点で一致するとした審決の一致点の認定の誤りを主張する。

本願第1発明の要旨からすると、テープデータフォーマットはステッチ指令が記録されたものであることは明らかであるが、前掲甲第2号証の3によれば、本願明細書には「入力装置はプログラム入力装置のどんな種類でもよく、限定はされないが、下記のいずれかを含んでいる:紙テープ読取り機、フロッピーディスク読取り機、磁気テープまたはカセット読取り機、(略)等」(明細書11頁22行ないし12頁3行)と記載されていることが認められ、テープデータフォーマットは、紙テープだけでなく、フロッピーディスクによる形態のものでも良いことが示されている。

一方、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には、「フロッピーデスク14には複数の縫目からなる模様のデータグループを異なる態様(本実施例ではA~Zまでのアルファベットとする)ごとに異なるアドレスと対応させて予め記憶してある。」(2頁右上欄2行ないし6行)と記載されており、記憶装置14をフロッピーディスクの形態のものとした実施例が示されていることが認められる。

そして、フロッピーディスク14には模様データ(ステテッチ指令)が記録されているものであるから、本願第1発明のテープデータフォーマットと引用例記載の発明のフロッピーディスク14とは、記憶媒体としての形態及び記録された情報を同じくするものである。

原告は、本願第1発明のテープデータフォーマットのステッチ型はコンピュータ(ステッチプロセッサ)にとって未知のものであるのに対し、引用例記載の発明のフロッピィディスク14のステッチ型は千鳥縫目としてコンピュータにとって既知のものである(即ち、引用例記載の発明はミシンとセットとなった一定のステッチ型による刺繍パターンについてのみ、その拡大、縮小及びステッチ密度の変更を行うものであるのに対し、本願第1発明は、ミシンとセットになっていない既存の任意の刺繍パターンのプログラムによる図案の拡大、縮小及びステッチ密度の変更を行えるようにしたものであるという趣旨)として、その両者が一致することを争う。

本願明細書には、原告の主張するように、本願第1発明がミシンとセットになっていない既存の任意の刺繍パターンのプログラムによる図案の拡大、縮小及びステッチ密度の変更を行えるようすることを技術的課題としたことは記載されておらず、また、それを窺わせる記載もない。本願第1発明が要旨とする「ステッチ型の判定」ということから、そのような技術的課題が自明のことと認めることはできない。

しかし、また、本願第1発明においては、引用例記載の発明のフロッピーディスク14のステッチ指令のステッチ型が千鳥縫目と決められているのと異なり、テープデータフォーマットのステッチ指令のステッチ型が一つの型に決められているものでないことも確かである。

原告がこの取消事由1において主張するところの真意は、本願第1発明においてはステッチプロセッサはステッチ型の判定を行うのに対し、引用例記載の発明においてはステッチ型は千鳥縫目と決まっているのでステッチ型の判定は行わないという原告主張の両発明のステッチプロセッサ(コンピュータ)の作用の相違を、両発明の記憶媒体の情報の相違として主張しようとしたものと認められるが、本願第1発明が引用例記載の発明から容易に発明できたものか否かを判断するに当たり、記憶媒体たるテープデータフォーマットとフロッピーディスクの異同を判断するにおいては、それに、刺繍パターンのステッチ指令が記録されているか否かの点のみが意味を有するものであり、その観点から評価すれば足りるものである(引用例記載の発明がステッチ型の判定を行うものであるか否かは取消事由2について判断する。)。

したがって、本願第1発明のテープデータフォーマットは引用例記載の発明の記憶装置14(フロッピーディスク14)に相当するものと認めることができる。

そして、引用例記載の発明において、フロッピーディスク14に記録された刺繍データのうち操作者の所望するものがマイクロコンピュータの作動によりRAM15の基本データエリアに読み込まれるのであるから、これは、本願第1発明において「ステッチ指令が入力読取り装置からステッチプロセッサへ送られること」と同一の技術内容のものであると認められる。

したがって、審決の前記一致点の認定に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

3  取消事由2について

原告は、引用例記載の発明のマイクロコンピュータは本願第1発明のステッチプロセッサのように、刺繍パターンのステッチ型の判定は行ってはいないとして、審決が、本願第1発明と引用例記載の発明とは、「ステッチプロセッサは刺繍パターンの全体を個々のステッチの連続部を分析し、ステッチ型、ステッチ長、及びステッチ間隔を判定する」点で一致すると認定したことの誤りをいう。

そこで、先ず、本願第1発明が要旨とする「ステッチプロセッサは刺繍パターンの全体を個々のステッチの連続部を分析し、ステッチ型、面積、ステッチ長、及びステッチ間隔を判定する」ことの技術内容について検討する。

「判定」という語は、「見分けて決定すること」を意味するものであり、その意味が多義にわたるものではなく、一義的に明確のものである。

そして、本願第1発明の前記1(1)認定の技術的課題に照らすと、前記本願第1発明の要旨は、テープデータフォーマットから入力された刺繍パターンについて、刺繍パターンによって表される図案の拡大、縮小に伴うステッチ密度の修正のため、ステッチプロセッサがステッチの連続部を分析してそのステッチ型がどのようなものであり、また、その面積、ステッチの長さ及び間隔を見分けて決定することを技術内容とするものであることは容易に理解しうる。

そして、前記2で認定したように、本願第1発明のテープデータフォーマットに記録された刺繍パターンのステッチ型は1種類のものとの限定はされていないので、本願第1発明においては、ステッチ密度の変更を行うために、ステッチ型を判定することとしたものと認めることができる。

もっとも、ステッチの連続を分析してステッチ型を判定するといっても、その具体的方法までは明らかではない。

前掲甲第2号証の3によれば、本願明細書には、このステッチ型の判定の技術内容に関するものとしては、「発明を実施するための形態」の項に、「S/Pボードは、読取り機4またはコンピュータシステム5によって送られるデータを受信し、プログラムによって命じられたステッチの型と、それに伴う領域を判読する。」(10頁18行ないし20行)との記載がある程度で、その具体的内容については一切記載がないことが認められる。

しかし、スイッチ型は針落ち点の規則的な移動により形成されるものであるから、例えば、コンピュータが少なくとも一般に知られたステッチ型についてのそのような規則性を見出して、これをステッチ型のデータと対比して、ステッチ型を判定するようにすることは、格別困難なことではないと認められる。

一方、引用例記載の発明においては、刺繍パターンはAないしZと複数選択できるものの、ステッチ型はすべて千鳥縫目と決まっていおり、そこに示された拡大又は縮小された基本縫いデータの針落ち点(0、1、2、3)の座標位置を決定し、隣合う線分の針落ち点0-2、1-3の間隔を所定の糸密度又は操作キーで設定した糸密度に応じて分割し、その分割点の座標位置を変更された縫製データの針落ち点として演算決定するという方法が採用されており、糸密度の変更を行うのは、ステッチ型が千鳥縫目であることを前提にしているものである。したがって、引用例記載の発明において、ステッチの型を判定する必要はなく、また、その判定は行っていない。

審決が、引用例記載の発明において演算データエリアに移された一処理単位の基本縫いデータの各針落ち点の座標位置は、ステッチの型、ステッチ長さ、各連続部のステッチ間隔を間接的に示すものということができることを理由として、引用例記載の発明においてもステッチ型の判定を行っていると判断したことは、審決の理由の要点から明らかである。

しかし、演算データエリアに移された各針落ち点(0、1、2、3)の座標位置が千鳥縫目のステッチ型を表すということはできても、それは引用例記載の発明において決められた千鳥縫目のステッチ型を形成する各針落ち点の座標位置が入力されただけのことであり、そのことをもって、コンピュータがその各針落ち点が形成するステッチ型がいかなる型かを判定しているということはできない。

被告は、本願第1発明における「判定」は広い意味を有し、刺繍パターンの情報について、コンピュータが何らかの演算処理の対象とすることは全て「判定」であるかのごとき主張をするが、本願第1発明の「ステッチ型の判定」の意義は前述のとおりであって、格別の疑念をいれる余地はなく、単にコンピュータに針落ち点のデータが入力され、それに基づいて何らかの演算処理がされるという漠然とした内容のものではない。したがって、コンピュータが読み込んだパターン情報を判読して映像信号を作成し、画像表示すること等被告の主張することは、いずれも、本願第1発明でいう「ステッチ型の判定」とは異なるものである。

また、被告は、千鳥縫目による刺繍には、引用例の実施例に記載されたもののほか、点線ジクザク、ジクザク縫目と直線縫目が含まれた縫模様が含まれることは当業者にとって自明のことであり、直線縫目の場合引用例記載の発明の方法に従って糸密度補正を行うことができないから、コンピュータが演算結果を採用できない信号を出力し、これを表示する必要があり、引用例記載の発明はそのための構成を備えているとみるべきであり、したがって、ステッチ型の判定をしているといえる旨主張する。

しかし、前掲甲第3号証を検討しても、引用例記載の発明が被告主張の構成を備えていることの記載も示唆も存しないのみならず、前記認定事実から明らかなように、引用例記載の発明においては、決められた千鳥縫目のステッチ型を形成する各針落ち点の座標位置が入力されているのであって、指定する千鳥縫目がどのようなものであるかは、発明の詳細な説明に開示されており、操作者がこれに反して引用例記載の発明の方法によっては演算結果を採用できないような千鳥縫目を指定することは予定されていないから、被告主張の理由で引用例記載の発明がステッチ型の判定をしているとはいえない。

その他、引用例記載の発明のいかなる点を捉えても、本願第1発明でいう「ステッチ型の判定」を行っていると認められる動作はない。

したがって、審決が、本願第1発明と引用例記載の発明とは、「ステッチプロセッサは刺繍パターンの全体を個々のステッチの連続部を分析し、ステッチ型、ステッチ長、及びステッチ間隔を判定する」点で一致すると認定したことは誤りである。

そして、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることは明白であるから、審決は、違法として取消しを免れない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面2

<省略>

別紙図面1

<省略>

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